【7分で読める短編小説】今朝の言葉|“やり直したい今日”に気づくリプレイの物語

SF

満員電車で心が折れかけていた主人公が出会った、奇妙な「今日をやり直す」サービス。
失敗も成功も繰り返し体験する中で、本当に戻りたかったのは仕事のミスではなく、たったひと言の後悔だったと気づいていきます。
人生の節目に立ち止まったとき、やり直したい瞬間は案外“小さな言葉”の中にあるのかもしれません。
心の整理をしたい夜や、明日を少し優しく迎えたい朝に読みたい短編です。

こんなときに読みたい短編です

  • 読了目安:7分
  • 気分:前向きになれる/少し切なくて温かい
  • おすすめ:仕事の失敗で落ち込みがちな人、後悔した言葉を抱えたまま前に進めずにいる人、小さな一歩を踏み出したいとき

あらすじ(ネタバレなし)

満員電車の重さに押しつぶされそうな朝、主人公は「今日だけ出社前に戻れる」という広告を見つけます。
半信半疑で登録すると、本当に“今朝”がリプレイされる不思議な世界へ。
何度も同じ今日を繰り返すうちに、仕事のミスはやり直せても心は満たされないことに気づきます。
胸に刺さったままの後悔——改札前で同僚にかけた冷たいひと言。
最後のリプレイで主人公が選ぶ言葉は、未来へ進むための小さな一歩となっていきます。

本編

 ギュウ、と押し潰されるような圧力。満員電車の揺れに身を任せながら、俺は吊り革を握りしめた。
 昨日も一昨日も、今日も、仕事ではミスばかり。資料の誤字、メールの送信先間違い、会議での数字読み違い。上司には呆れられ、先輩には肩を竦められ、後輩には気まずい沈黙を置いてきた。
 自分でもわかっている。最近、心がどこか折れかけている。

 ふと視線を上げると、吊り広告の端に目を引くコピーがあった。

「今日一日だけ、出社前の自分に戻れます。」
— RE:DAY 人生リプレイ・サブスク(初回無料)

 その文字の横にはQRコード。悪ふざけみたいな広告だ。
 だが、その下に小さく添えられた一文に、俺は息を飲んだ。

「もう一度やり直したい“今日”はありますか?」

 思わずスマホを取り出し、読み取っていた。画面が白く瞬き、登録完了の文字が浮かぶ。
「……まあ、失うものなんてもう無い」

 その瞬間、視界がふっと白くかすみ、次の瞬間、目の前に広がっていたのは――

■1回目の“今朝”

 アラームの音。カーテンの隙間から差し込む朝の光。
 俺は飛び起きた。さっきまで確かに満員電車にいたのに。

 スマホの日時を確認する。今日の朝7:10 — 出勤前。
「……本当に戻ったのか?」

 驚きながら会社へ向かう。
 だが、結局その日もミスはミスのまま。やり直したところで、焦りが増して状況は悪化しただけだった。

 夜、布団に倒れ込んだ瞬間、視界が再び白に染まる。

■2回目の“今朝”

 また同じ朝。
「こんなサービス、本当に意味あるのかよ……」

 そう呟きながらも、改善しようと努力した。
 早く起きて資料を確認し、出社前に数字を暗記し、冷静に会議に臨んだ。

 結果は――成功。
 上司は驚き、先輩は褒め、後輩は拍手までしてくれた。

 だけど、胸の奥はなぜか空っぽだった。

■3回目の“今朝”

 帰り道、とある光景が脳裏に浮かんだ。
 駅の改札前で、同僚の彩が「おはよう」と声をかけてくれた朝。
 俺は忙しさと苛立ちに任せて、

「今そんな話してる暇ないんで。」

 と、冷たく言い放った。
 彩はそれきり、俺に話しかけなくなった。

 成功も失敗も、やり直しもした。
 でも胸に残るのは、仕事ではないあの瞬間だけだった。

 駅のホームで、俺は小さく呟いた。

「戻りたいのは……そこだったんだな」

 視界が、また白く染まる。

■最後の“今朝”

 改札前。
 彩がこちらへ歩いてくる。
 胸が強く脈打つ。

「おはよう」

 彼女の笑顔がまっすぐ向けられた。
 俺は深く息を吸い、丁寧に言葉を選んだ。

「この前は、ひどい言い方してごめん。ちゃんと話したい。話せる?」

 彩は驚いた顔をして、それから――ゆっくり笑った。

「うん。よかった。心配してたんだよ。」

 その笑顔を見た瞬間、
“やり直したい今日”は、ようやく終わった。

 胸の奥に溜まっていた重さがすっと溶けていく。
 電車が入ってくる風がやわらかく頬を撫で、世界が少しだけ優しく見えた。

 その日の帰り道、スマホの画面にはこう表示されていた。

《RE:DAY — ご利用ありがとうございました。
もう、やり直す必要はありませんね。》

 俺はスマホをそっとポケットにしまい、夜空を見上げた。
 
 やり直しボタンはもう要らない。
 これからの時間を、ちゃんと自分で進めていくために。

今日が、本当の始まりの日だ。

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