【7分で読める短編小説】火を囲む日々3|凍える季節に芽生える、絵と心のあたたかな力

日常

厳しい冬が訪れ、狩りがままならないなかで、ルグと妹ニアが火のそばで過ごす時間が増えていきます。
疲れ果てた仲間たちを前に、幼いニアが描く一枚の壁画が、まるで火のように人々の心を照らしていく——そんな原始の営みを静かに描く物語です。
火と絵、そして兄妹の絆が重なり合い、言葉より先に存在した“伝わる力”が胸を温めてくれます。
静かな夜や、気持ちを落ち着けたいときに読めば、心にやわらかい余韻が広がるでしょう。

こんなときに読みたい短編です

  • 読了目安:7分ほど
  • 気分:しんと静か/あたたかい/原始の世界に浸る
  • おすすめ:小さな勇気や支えが欲しい人、絆の始まりを感じたい人、創作の源のような物語に触れたい人

あらすじ(ネタバレなし)

冬の吹雪に閉ざされ、火を囲んで過ごすしかない日々。
狩りの疲れで絵を描く気力も失ったルグの背後で、幼いニアが小さな手で壁に初めての絵を刻みます。
ぎこちない線で描かれた鹿は、仲間たちの心に不思議な力を灯し、洞窟の空気を変えていきます。
その出来事をきっかけに、ニアは次々と絵を描き、火と並ぶ“心の支え”となっていきました。
やがて季節がめぐる頃、兄妹は外の光の下で新たな絵を描き始め、未来へ続く物語の始まりを静かに感じ取ります。

本編

冬は容赦なく訪れた。
洞窟の入り口は吹雪に覆われ、外は白い壁のように何も見えなかった。
狩りに出られる日は少なく、火のそばに座る時間が増えた。

仲間たちは疲れ、黙り、祈るように火を見つめていた。
炎のゆらぎだけが、命の証のように思えた。

その夜、ルグはいつものように石片を削り、
壁に小さな動物を描こうとしていた。

しかし手が止まる。

仲間の誰もが疲れ果て、
火は静かに揺れるばかり。
洞窟の空気は重く、絵を描く気力が湧かなかった。

そんな中、背後から小さな足音が聞こえた。
振り返ると、ニアが立っていた。

「アニ、かくの?」

ルグは小さく首を振る。
「今日は……ちからが、ない。」

ニアは壁を見つめて、しばらく動かなかった。
火の光が瞳の中で揺れている。

やがて彼女は、落ちていた石片を拾い上げた。
小さな手。
震えているのに、力強かった。

ルグは驚き、目を見開いた。

「ニア……?」

ニアは壁の前に立ち、
火に向かって小さく息を吸った。

あの日、ルグが壁に初めて線を刻んだときと同じ姿勢だった。

石が壁をかすめる音——
ざり、ざり。

仲間が気づき、ひとり、またひとりと火を囲んだまま振り返る。

ニアはぎこちない手つきで線を重ねる。
丸い形。
細い足。
三角の耳。

幼い姿の鹿だった。
だが確かに、命の息づかいがあった。

壁に火の光が落ちると、
その絵は小さく震えながらも、まっすぐに立っているように見えた。

ルグは息を呑んだ。

——描けている。
——想いが、伝わってくる。

ニアは絵を描き終えると、振り返って言った。

「つよく、なる。みんな。」

その言葉に、洞窟の空気が変わった。

仲間が声を上げた。
「……ニア」
「すごい……」
「見ると、ちからが湧く。」

ニアは小さく笑い、兄の手を握った。
その手は温かく、震えていなかった。

ルグは胸の奥から熱がこみ上げ、
そっとニアを抱き寄せた。

「ニア……きれいだ。すごく。」

妹は照れたように笑った。

「アニが、かいたの。
だからわたしも、かく。」

たったそれだけの言葉が、火の音より深く響いた。

**

それからの日々、壁画は増えていった。

ニアは鹿だけでなく、仲間の笑顔、火を囲む人々、
そしてルグの姿も描いた。

幼い線なのに、見る者の胸を強く揺さぶる力があった。

ニアの絵を見ると、疲れた体に力が戻った。
外に出る勇気も湧いた。
火の光が明るくなった気さえした。

ある夜、長老が火のそばで言った。

「絵は、狩りではない。
火をくれるわけでもない。
だが——心をあたためる。
心があるから、生きていける。」

仲間たちは静かに頷いた。

壁画は、いつの間にか洞窟の中心になった。
炎と絵が、人々の心を支えていた。

ルグは思った。

——言葉はまだ弱い。
——だが絵は、火と同じように心を照らせる。

その気づきが、胸に強く刻まれた。

**

春が近づく頃、雪が溶け始め、
外の森に光が戻り始めた。

ルグとニアは洞窟の外へ出て、
白い息を吐きながら空を見上げた。

鳥が飛び、風が草を揺らす。

ニアは突然、地面の土を指でなぞり、
そこにまた絵を描き始めた。

太陽。
鳥。
火。
そして、人が手をつないでいる姿。

ルグは隣にしゃがみ、妹の小さな肩に手を置いた。

「ニアの絵は、たいせつ。
きっと未来にのこる。」

ニアは目を輝かせ、言った。

「未来のひと、みる。
わらう。
つよくなる。」

その言葉に、ルグの胸が熱くなった。

——絵は残る。
——火のように、人の心に。

遠い未来、言葉が豊かになっても、
この最初の線が、人の心に息づき続ける。

ルグは深く息を吸い、空に向かって静かに言った。

「これが……はじまり。」

ニアは兄の手を握り返した。

火を囲む日々は、
絵を描く日々へと変わり始めていた。

そしてその絵は、
未来の物語になる。

炎の温度と同じあたたかさで。

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