【5分で読める短編小説】青風の小径|夏の終わりに心の声がそっと芽吹く物語

ファンタジー

夏休みの終わり、胸のざわつきに導かれて森へ入った少女・莉央が、風のささやきの中で忘れかけていた気持ちと向き合う物語です。
幼なじみとの別れ、言えなかった言葉、胸の奥に沈んでいた寂しさ——それらが青い風にそっと揺らされていきます。
静かで柔らかい読後感があり、夕方のひと休みに読みたくなるような落ち着いた雰囲気の短編です。
夏から秋へ移り変わる空気を感じたいときに、そっと寄り添ってくれます。

こんなときに読みたい短編です

  • 読了目安:5分ほど
  • 気分:少し切ない/やさしい気づき/ノスタルジック
  • おすすめ:季節の変わり目に気持ちが揺れる人、昔の友人を思い出す瞬間がある人、自分の中の小さな声を確かめたい人

あらすじ(ネタバレなし)

夏の終わり、莉央は「青い風が吹く小径」の話を思い出し、森へ足を踏み入れます。
木々のざわめきと冷たい風の中で、心の奥にしまい込んでいた“言えなかった気持ち”がそっと揺れ始めます。
泉のきらめきに導かれながら、自分の寂しさをゆっくり認める莉央。
ふと見えた青い光に、幼なじみ・海斗の面影がよぎりますが、風は彼女を急がせず、今の自分と向き合わせようとします。
森を抜けた夕焼けの空の下、莉央は小さな一歩を自分の中に見つけ、新しい気持ちを伝える決意を抱くのでした。

本編

夏の終わりの午後、蝉の声がだんだんと遠くなる頃。
莉央は森の奥へと足を踏み入れていた。

「青い風が吹く小径があるんだよ」
そう言ったのは、引っ越しで別れた幼なじみの海斗だった。
――願いを忘れそうになった人が行く道。
――風が、そっと思い出させてくれる。

信じていたわけじゃない。ただ、胸が少しだけざわついたのだ。
長い夏休みが終わる前に、何か置いてきてしまった気がして。

森の匂いは、湿った土と草の香り。
葉のざわめきが、遠くで水の流れる音と混ざりあう。
道はところどころ細く、ところどころ光に満ちていた。

ふいに、頬に触れる風があった。
冷たくて、でもやわらかい。
息を吸うと、肺の奥が少しすっきりする。

「……青い風?」

そのとき、かすかに声のようなものが聞こえた。
風の音に重なる、小さなささやき。

——どうして言わなかったの?

莉央は足を止めた。
誰もいない。けれど、胸のどこかが痛んだ。

海斗に伝えられなかった言葉がある。
「行かないで」も「また会おう」も、結局言えなかった。
笑って「元気でね」なんて、嘘みたいなことしか言えなかった。

歩き続けると、小さな泉に出た。
水面が光り、そよ風がきらめきを揺らす。

——ほんとうは、寂しかったんだよね。

声は自分の中から聞こえるようでもあり、風が告げているようでもあった。
莉央は泉を見つめながら、ゆっくりとうなずいた。

「……うん。寂しかった」
口にしてみると、肩の力が少し抜けた。

すると、足元の青い葉がそっと揺れた。
まるで風が「それでいいんだよ」と言っているように。

道はまだ続いている。
先には、木々の隙間から差し込む青白い光。
光の中に、一瞬だけ誰かの姿が見えた気がした。
細い体、ふわりとした髪。

「……海斗?」

駆けだそうとした瞬間、風が前に回りこんだ。
そっと肩を押すように、行き急ぐ足を止める。

——追いかけるだけが、答えじゃないよ。
——思い出は、今のあなたを作るもの。

莉央は立ち止まり、胸に手を当てた。
たしかにそこにあるもの。
まだ小さいけれど、確かにある“いまの自分”。

「ありがとう」
風に向かって静かにつぶやくと、青い光がすっと薄れていく。

帰り道、足取りは来たときより軽かった。
森を抜けると、夕焼けが空いっぱいに広がっていた。
オレンジと薄青が混ざる空は、夏と秋の境目みたいだ。

莉央は深く息を吸った。
風はもう青くはない。けれど、胸の奥に小さく涼しいものが残っている。
それはきっと、青い風の名残。

「明日、手紙書こう」
海斗へ届くかはわからない。
だけど、今の気持ちをちゃんと形にしてみたいと思った。

夏の終わり、ひとりの少女が、自分の中にある小さな声を見つけた。
忘れかけていた願いは、風に溶けて、そっと芽吹いた。

それはまだ、はじめの芽。
けれど、歩き出すには十分な強さだった。

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