【7分で読める短編小説】ひとしずくの魔法|真夏に現れた“涼しさの妖精”と歩く小さな冒険

ファンタジー

真夏の商店街で打ち水をしていたななの前に、水滴から現れた“涼しさの妖精”ルゥ。
ふたりは商店街のお店を巡りながら、人それぞれの「涼しさ」を集めていきます。
温度では測れない、記憶や気持ちがつくる涼しさに触れるたび、暑い夏の景色がどこか優しいものに変わっていく物語です。
夏の午後や、ちょっと気持ちを軽くしたいときに読んでほしい一編です。

こんなときに読みたい短編です

  • 読了目安:7分
  • 気分:爽やか/心がふっと軽くなる
  • おすすめ:暑さに疲れた日、子どものころの夏休みを思い出したい人、小さなファンタジーに癒やされたい人

あらすじ(ネタバレなし)

夏休みの自由研究で打ち水をしていたななは、水滴から飛び出した“涼しさの妖精”ルゥと出会います。
ふたりは商店街を歩きながら、お店の人たちがそれぞれ心に感じる「涼しさ」を集めていくことに。
水ようかん、風鈴の音、冷凍庫の冷気——そこにあるのは温度だけではなく、人の暮らしに寄り添う小さな涼しさでした。
旅の最後に、ルゥはななに“涼しい願い”を尋ねます。
ななが選んだ願いが、ふたりの夏をそっとつないでいくことになる物語です。

本編

真夏の昼下がり。照りつける日差しに石畳がじりじりと音を立てているかのような午後、下町の商店街には誰の姿もなかった。

「うーん、今日も暑いなぁ……」

小学生のななは、柄杓を片手に水の入ったバケツの前でしゃがみこむ。夏休みの自由研究として“地域の打ち水”を調べることにした彼女は、朝から商店街のあちこちに水を撒いては気温の変化を記録していた。

「よし、ここにもまいちゃおう」

ざばっ、と勢いよく水を打った瞬間、ぴしゃりと跳ねた一滴が、石畳の上でふわっと光った。

「……え?」

驚いたななの目の前で、水滴の中から、小さな人影がするりと飛び出してきた。

頭には水玉模様のとんがり帽子。体は透明な水でできていて、陽の光にきらきらと透けている。

「こんにちは。君が呼んでくれたの?」

「……え? えぇええええええ!? だ、誰!?」

「僕はルゥ。“涼しさの妖精”だよ。この夏だけ、人間の世界にやってきたんだ。“一番涼しい願い”をかなえるためにね」

ぽかんとするななをよそに、ルゥはぴょんと空中で回転しながら笑った。

「君、打ち水してたでしょ? その水、すごく気持ちよかった! 君となら、きっと“涼しいもの”をいっぱい集められると思ったんだ」

そうして始まった、ななとルゥの“小さな旅”。

二人は商店街を歩きながら、それぞれのお店で「一番涼しいと思うもの」を聞いてまわった。

和菓子屋のおじいちゃんは、「朝一番に作った水ようかん」。氷の上でぷるぷる揺れるその姿に、ルゥは「冷たさが目にも伝わってくるね!」と大はしゃぎ。

金物屋のおばさんは、「夜の間に冷やしておいた風鈴の音」。乾いた風に鳴るその音色に、ルゥはくるくる舞いながら「これ、風の魔法みたいだよ!」と目を輝かせた。

アイス屋の若い店員さんは、「冷凍庫から取り出した瞬間の、店の床の冷気」。地味だけど、「それって働いてる人しかわからない涼しさだよね」と、ななも深くうなずいた。

それぞれの「涼しさ」は、温度じゃ測れない。人の記憶や、気持ちや、ふとした瞬間に生まれるもの。

ルゥは一つひとつの“涼しさ”を手のひらに集め、宝石のように胸の前で浮かべた。

「ありがとう、なな。君のおかげで、いろんな涼しさに出会えた。さぁ、いよいよ“最後の願い”をきめよう」

「うん。でも、涼しいことって、こんなにたくさんあったんだね」

ななは、汗をぬぐいながらも笑っていた。

「じゃあ、ななの願いは?」

少し考えて、ななは言った。

「……毎年この夏が来たら、またルゥに会えますように」

ルゥは目を丸くし、それから優しく微笑んだ。

「それ、すごく“涼しい願い”だ。ほら、君のほっぺ、ちょっと冷たくなったよ」

そして、小さくうなずいてから、ルゥは一滴のしずくに戻って、ななの手のひらにすとんと乗った。

「来年も、涼しさを探そうね」

その声を最後に、しずくは蒸発するように、静かに空へと溶けていった。

翌年の夏。

また真昼の商店街で、ななは柄杓を持って石畳に水を撒いた。

すると、ぴしゃりと跳ねた一滴の中で、きらりと光る、見覚えのある帽子がふわりと揺れた。

「ルゥ……!」

——そして今年も、小さな“涼しさの旅”が始まった。

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