【5分で読める短編小説】午後3時のサクサク会議|おやつがつなぐ小さな連帯とやさしい時間

日常

毎日午後3時になると開かれる、給湯室での“サクサク会議”。
仕事の悩みや孤独を抱えながら働く萌にとって、その15分はただのおやつタイムではなく、心の奥にそっと灯る支えでした。
軽やかな笑いと、サクサクした甘さが、誰かの一日を前向きにしてくれる——そんな静かな連帯の物語です。
忙しい午後や、少し気持ちが疲れた日に読みやすい一編です。

こんなときに読みたい短編です

  • 読了目安:5分
  • 気分:ほっこり/前向きになれる
  • おすすめ:仕事が忙しくて息抜きの時間がほしい人、職場の人間関係に温度を求めている人、誰かと分け合うおやつの優しさを思い出したい人

あらすじ(ネタバレなし)

午後3時きっかりに集まる経理の理香、新井くん、そして主人公の萌。
始まりはちょっとした雑談から生まれた“おやつ会議”だったが、3人にとって日々の支えとなる大切な時間へと育っていきます。
新作のお菓子を分け合いながら、弱音も、ささやかな励ましも自然にこぼれ落ちる空間。
やがて、普段ほとんど話さない新井くんが本心を打ち明け、15分の会議が誰かの今日を支えていたことが明らかになる。
そして萌は気づく——明日を少しだけ頑張れる理由は、こんな小さな時間の中にあるのだと。

本編

午後3時ちょうど。オフィスの時計が短く音を鳴らすと、萌はそっとデスクを離れた。

パソコンの画面には未送信のメールが点滅している。資料の締切は今日の18時。でも、それはそれ、これはこれ。

給湯室のドアを開けると、そこにはすでに2人が待っていた。

「お、今日の議長登場〜」

手を振るのは、経理の理香さん。もう一人、無言でお茶を注いでいるのは総務の新井くん。表情こそ薄いが、なぜか誰よりもこの“会議”を楽しみにしているのが彼だった。

「はい、では本日も『午後3時のサクサク会議』を開会します」

萌が持参したのは、駅前のコンビニで見つけた新作のバターサンド。ざくざくのクッキー生地に、ほんのり塩気のあるキャラメルクリームがサンドされている。

「これは……絶対おいしいやつ!」

「封開けると、香りでもう優勝してる……」

理香さんが目を輝かせる。新井くんは黙ってかじり、うなずいた。3人はテーブルを囲み、ほんの15分だけの「おやつタイム」に心を委ねる。

誰かが何か話すわけでもない。けれど、その空間には不思議な安心感があった。

この“会議”が始まったのは、3ヶ月前のこと。

当時、萌はちょっとした壁にぶつかっていた。仕事はそこそこ、でも“誰とも心を通わせていない”ような感覚。社内では淡々と過ごし、ランチも一人。帰り道にコンビニで甘いものを買っても、ただの「ご褒美消費」で終わっていた。

そんなある日、給湯室で理香さんに「何それ、美味しそう」と声をかけられたのがきっかけだった。

「じゃあ、今度一緒に食べません?」

ふとしたその一言から、“午後3時のサクサク会議”は生まれた。名前はふざけているけれど、萌にとっては心の支えだった。

最近では、手作りのお菓子を持ってくる日もあれば、旅行土産を広げることもある。新井くんが無言で食べる市販の羊羹に、実はこだわりが詰まっていると判明したときは、3人で大笑いした。

「……この前の納期、正直キツかったよね」

理香さんがぽつりとこぼす。

「でも、これがあったから乗り切れた」

「うん……私もです」

萌は答える。大変なことがあっても、午後3時には“誰かと笑える時間”がある。それだけで、救われる日がある。

その日、新井くんが珍しく口を開いた。

「俺……この会議が、毎日のモチベーションです」

一瞬、給湯室が静かになった。

「……わ、なにそれ告白!? 突然どうしたの」

理香さんが茶化すように笑う。

「違います。そういうのじゃなくて……ただ、俺、ちょっと前まで辞めようか悩んでて。でもこの15分で、“人っていいな”って、思い直せたというか」

萌は、目の奥がじんと熱くなった。

誰かの、たった15分。それでも、意味がある。

やがて、時計の針が3時15分を指す。

「よし、じゃあ閉会宣言……」

萌が手を合わせる。

「本日も、おやつと皆さんに感謝です」

給湯室のドアが閉まり、それぞれの席に戻っていく。

パソコンの画面には、先ほどの未送信メール。資料もまだ完成していない。でも、不思議と焦りはなかった。

キーボードに手を置くと、萌はふと笑った。

——明日は、何を持ってこよう。

それがあるだけで、今日をもう少しだけ頑張れる。

午後3時のサクサク会議は、今日も誰かの小さな“元気”をつないでいる。

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