赤茶けた大地に、乾いた風が吹いていた。
砕けた建物の残骸と、黒く焦げた木々。そこに、人の声はほとんどなかった。
戦争が長く続いたこの地では、命をつなぐことすら、贅沢になっていた。
小さな村のはずれ、地べたに伏せるようにして倒れていた男がいた。右足からは血がにじみ、頬には砂ぼこりがこびりついている。
その男を見つけたのは、村の青年・カリムだった。
「……大丈夫か?」
応えはない。だが、男の胸はかすかに上下していた。
カリムは仲間とともに男を小屋へ運んだ。名前を聞くと、「ヨウ」とだけ答えた。どこから来たのかは語らなかった。
だが、その体に残る痣や、肩の筋肉の付き方、手のマメを見れば、誰もが「兵士だった」と察するには十分だった。
ヨウは言った。
「戦いは、もう終わったと思ったんだ……だから、歩いてきた。誰にも見つからない場所まで」
村人たちは最初、警戒した。
だが、カリムが「この男は武器を持っていない。今はただの人間だ」と言ってかばった。
ヨウは黙々と働いた。壊れた井戸の修理、土嚢の運搬、野菜畑の手入れ。負傷した足をかばいながらも、朝から日暮れまで手を動かした。
だがある日、村に武装勢力が再び現れるという報せが届いた。
ざわつく村。怯える子どもたち。家を焼かれ、家族を失った記憶が、皆の中に甦る。
そのとき、ヨウが言った。
「……俺が、戦う」
村人たちの顔が凍りついた。
「兵士のくせに、戻ってくるな!」
「また村を戦場にする気か!」
罵声が飛んだ。カリムも、一瞬だけ迷った。
だが、そのとき、ヨウの目を見て、言葉を選んだ。
「ヨウ、武器を取る前に、思い出してほしい」
「何をだ?」
「お前が毎朝、土を耕してたこと。水を分けてくれたこと。子どもたちに靴を直してくれたこと。……それ全部、兵士じゃなくて、ただの“ヨウ”がやったことだろ?」
ヨウは黙っていた。
「銃を持てば、お前はまた“影”に戻る。誰かのために生きる“人”じゃなくなる」
静かな声だった。でも、その言葉は、戦場の爆音よりも深く響いた。
その夜、ヨウは銃を手にした。だが、それを自分の家の床に置いた。そして、布で包んだ。
「……撃つためじゃなく、“見せるため”に持つよ。村を、守るための象徴として。誰にも撃たせない」
翌朝、武装勢力の一団が村に近づいた。
だが、村の入り口に立っていたのは、農具を持った村人たちと、その中心に立つヨウだった。銃は足元に置かれ、弓のように折られていた。
「俺たちは、戦わない。ここは、もう誰のものでもない。生きる場所だ」
武装勢力はにらんだ。だが、引き金に指をかける者は、誰もいなかった。
やがて一団は去っていった。ヨウの、村の、沈黙の強さに押されたのだった。
その日以来、ヨウは村の一員となった。
カリムと並んで野良仕事をし、土を掘り、鍬を握る日々。
その手にはもう銃はなかった。代わりに、小さな苗を包む手の温もりがあった。
カリムが笑って言った。
「影は、もう消えたな」
ヨウは首を振った。
「いや、影は俺の中にある。でも、それを見つめて、歩いていくことができる。……ここでなら」
荒れ地に、小さな花が咲いていた。
それは誰にも気づかれないほど小さな色だったけれど、確かにそこに“希望”が根を張っていた。

