イスタリオン。すべてが砂に覆われた惑星。
乾ききった大地。かつて海だった場所も、今は波の代わりに風が舞い、砂丘が唸る。けれどこの星には、唯一の希望があった。
——鳴砂(めいさ)の音。
特定の鉱質を含む砂は、風や振動を受けると、微かな音を奏でる。人々はそれを“鳴砂の楽器”に加工し、音楽として生きる術とした。奏でることで、乾いた心に水のような潤いをもたらす。それは、音楽師たちの大切な仕事だった。
少女・リラはその音楽師の見習い。まだ一人では楽器を作ることも、演奏会に立つこともできない。それでも、音を愛する心だけは誰にも負けなかった。
「音は、風の中に隠れてる。聴こうとしなければ、見つからないよ」
そう言ったのは、彼女の師匠だった。だがその師匠も、昨年、流砂の事故で帰らぬ人となった。
以来、リラは町の片隅で鳴砂の楽器の修理をしながら、失われた音を探していた。
ある日、古い地図の端に、師匠の書き残したメモを見つけた。
——星の遺音(いおん)は、北の忘れられた渓谷に眠る。
それはかつて天から落ちた「星の民」が、最後に奏でた旋律だと噂されていた。音楽の源。その“失われた音”を見つければ、イスタリオンの人々に新たな希望を届けられるかもしれない。
リラはひとり、砂風のなか旅立った。
水筒と、小さな楽器「セレナ砂琴(さきん)」だけを持って。
渓谷への道は過酷だった。夜は氷のように冷たく、昼は肌を焼くほどの陽射し。だが、風が吹くたびに砂が鳴き、リラの心を支えた。
数日後、リラはついに、砂の裂け目にたどり着いた。
そこには、半ば埋もれた巨大な建造物があった。金属と鉱石が混ざった、不思議な構造。星の民の遺産——それは、巨大な共鳴装置のようだった。
「……音が、眠ってる」
セレナ砂琴を取り出し、リラはそっと弦をはじいた。
すると、地下から共鳴するように、低く、深い音が返ってきた。
次第に、装置全体が光を帯び、無数の砂粒が舞い上がる。そして——その中から、旋律が流れ出した。
——風のような声。星のような響き。
まるで宇宙そのものが歌っているようだった。
その音の中に、リラは“記憶”を見た。
星の民がこの星に降り立ったときの風景。最初に作られた鳴砂の楽器。希望を込めて奏でられた旋律。そして、滅びの前に残された“最後の歌”。
それは、決して失われていなかった。
「音は……ここに、生きてたんだ」
リラの瞳に涙が浮かんだ。
星の民は去ったが、その音は砂に染み込み、今も眠っていた。そして、誰かがそれを聴こうとする限り、再び世界を震わせるのだ。
リラはセレナ砂琴を抱き、渓谷をあとにした。
その背中には、砂に舞った星の音が、優しくついてきた。
町に戻った彼女は、新たな楽器を作った。星の砂と、自分の想いを込めた一つだけの音。
その音が広場で響いたとき、誰もが涙を浮かべた。
乾いた風が止まり、砂が歌い出す。
イスタリオンの空に、新しい音楽が生まれた。
そしてそれは、誰かの心に、また次の旋律を呼び覚ましていく。

