【短編小説】ムダ発明研究所

日常

町の端っこ、くすんだ瓦屋根の平屋に、「ムダ発明研究所」と書かれた木の看板がかかっている。

看板の下には、錆びた自転車、空き缶でできた風見鶏、そして不思議な形をした金属の塊——その家に住む田之倉良三は、今日もせっせと「ムダな発明」に励んでいた。

「ふふふ……ついに完成だ」

机の上には、回転する棒の先に小さなスプーンがついた装置。「自動ぬか床かきまぜ棒・改」。毎朝、決まった時間にぬか床をぐるぐると混ぜてくれる優れもの——だが、誰が欲しがるのかは謎だった。

「田之倉さん、また変なの作ってる〜!」

裏の路地から、近所の小学生・カナタの声が飛んできた。

「これはすごいぞ。ぬか漬け界の革命だ」

「ぬか漬け、食べたことないもん」

田之倉はふふんと鼻を鳴らすと、別の装置を取り出した。

「こっちは、“話しかけると返事だけするティッシュ箱”」

「へぇ〜、なんて返すの?」

「“はい、どうぞ”って言うんだ。何を言ってもな」

カナタは笑い転げた。

「それ、ムダすぎるー!」

でも次の日、カナタが学校からしょんぼり帰ってきたとき——

「ティッシュ、ください……」と呟いたら、

「はい、どうぞ」と、ティッシュ箱が応えた。

「……ちょっと、元気出たかも」

誰にも言えない失敗や、うまく話せなかった言葉が、ティッシュ箱には伝わったような気がした。

別の日、向かいの一人暮らしの老人・堀井さんが、腰を痛めたらしいと聞いた田之倉は、こんな装置を届けた。

「“こぼした煮物を自動で拾ってくれるしゃもじ型ロボ”です」

「……いや、もう一回言ってくれる?」

「自動しゃもじロボです」

確かに、煮物をうっかり落としてしまった堀井さんの足元で、コロコロ動くしゃもじロボがせっせと具材をかき集める姿は、なんとも言えない可笑しさとあたたかさがあった。

「あんたの発明、ムダじゃないな」

「いやいや、“ムダ”の中に“だいじ”があるんですよ」

そんなある日、町の掲示板に、誰かが貼った手書きの紙があった。

——ムダ発明研究所、ありがとう!
——おしゃべりティッシュ、友だちよりやさしい!
——煮物拾うしゃもじ、もう手放せません。

誰が書いたかはわからない。でも、田之倉はにやりと笑った。

「ふふふ、ムダの勝利だな」

その夜、彼は新たな図面を広げた。

「次は……“押すと『がんばってるね』ってだけ言うボタン”か、“スリッパに勝手に足が入るマシン”か……」

発明品たちは、どれも見た目も用途も奇妙だった。けれど、そのひとつひとつが、町のどこかでちょっとだけ誰かを笑顔にしていた。

ムダで、無駄じゃない。

田之倉良三は、今日も誰かの「ささやかな困りごと」を、全力でムダに解決し続けている。

——ゆるくて、あたたかい、小さな発明の毎日が、今日も静かに動いていた。

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