【短編小説】ひろったひとつぶ

ファンタジー

ゆうたは、小学三年生。

毎朝登校前、近所の公園をぐるりと回ってゴミ拾いをしている。特別な理由があるわけじゃない。ただ、何かを拾ってポケットにしまうのが、気持ちよくて好きだった。

その日も、いつものように公園を歩いていた。

砂場の近く、ベンチの影に、ひときわキラキラした何かが落ちているのを見つけた。

「……キャンディの包み紙?」

それは、虹色に光る小さな紙だった。風に揺れて、まるで呼びかけてくるように輝いている。

ゆうたがそれをそっと拾った瞬間——

「きゃっ! つ、つかまったー!」

掌の中で、何かがもぞもぞと動いた。

驚いて開くと、そこには羽のついた小さな生き物がいた。人間の親指ほどの大きさで、髪の毛のような金色の光をまとっている。

「お、おまえ……なに?」

「わたしは“ことのはの妖精”。その包み紙は、わたしの“魔法の殻”だったの! 捨てられたんじゃないよ。あれは、心がやわらかくなる言葉を作るための、大事な素材なんだ」

そう言って、妖精は胸を張る。

「ひろってくれて、ありがとう。お礼にね、きみに“ことのはの種”をあげる」

ゆうたの手の中に、透明なビー玉のようなものが現れた。

「これを使えば、一日に一度だけ、君の気持ちがちゃんと“伝わる言葉”になるよ。うまく使ってね!」

そう言うと、妖精は指先でふわりと宙を舞い、公園の木陰に消えた。

それからというもの、ゆうたは毎日“ひとつぶ”の言葉を選ぶようになった。

最初は、隣の席の女の子が泣いていたとき。「だいじょうぶ?」の一言が、なぜか心の奥に届いたらしく、女の子は笑顔を見せてくれた。

次の日は、帰りが遅くなって心配していたお母さんに、「いつもごめんね、ありがとう」と言ってみた。するとお母さんが、「……そんなふうに言ってくれるの、初めてね」と目を潤ませていた。

言葉って、不思議だった。

いつもなら照れくさくて言えないことも、“伝わる言葉”になると、ちゃんと届く。

ある日、学校でちょっとしたトラブルがあった。

掃除当番をサボったクラスメートのことを、みんなが陰口を言っていた。ゆうたは迷った。でも、その日の“ひとつぶ”を使って、そっと言った。

「……きっと、なにか理由があったんだよ」

それだけで空気が変わった。誰かが「そうかもね」とつぶやき、みんなの目が少しだけ優しくなった。

“ことのはの種”は、妖精の言ったとおり、一日に一度だけ。

でも、たったひとことが、こんなにも世界を変えるなんて——ゆうたは、言葉の持つちからに、日々驚いていた。

やがて、ある出来事が起きた。

学校からの帰り道、見知らぬおじさんが道端に座っていた。靴が片方脱げていて、どこか困っている様子。

誰も声をかけず、道行く人は目をそらす。

ゆうたは、その日最後の“ひとつぶ”を、迷わず使った。

「だいじょうぶ? なにかてつだえることある?」

おじさんは驚き、そして、ぽろりと涙を流した。

「ありがとう……。誰かにそう言われたの、久しぶりで……」

後日、そのおじさんが地域の清掃活動に参加するようになったと、学校の朝会で聞いた。

ゆうたは、胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じた。

あの虹色の包み紙から始まった物語が、自分だけじゃない“誰かの再起動”になっている。そう思うと、また明日も“ひとつぶ”の言葉を、大事に使おうと思えた。

風が吹く朝、ゆうたは今日も公園を歩く。

どこかに、また新しい“言葉の種”が落ちているかもしれない。

妖精の気配を感じながら、拾い集める小さな日々が続いていく。

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