【短編小説】ネジの向こう側

ドラマ

カチリ、カチリ。

鉄のテーブルに一定のリズムが響く。町工場の一角で、茂は今日もネジを締めていた。

無数の部品の山から一つを取り、専用工具で締める。終わったら次、また次。朝から夕方まで、同じ動作の繰り返し。慣れた手つきで、感情を挟む余地もない。

「機械じゃなくて、人の手じゃなきゃできない仕事なんだよ」

そう言われて入社したのは、もう十年以上も前。確かに機械では難しい“締め具合”がある。けれど、やっている本人には、それが誰の役に立っているのか分からないままだった。

茂は無口で、同僚との会話も最小限。作業場の隅で黙々と手を動かす姿は、まるで時計の中の歯車のようだった。

ある日、社長がぽつりと言った。

「今度、うちのネジ使ってる会社が製品展示会やるんだとよ。見に行ってみるか?」

茂は珍しく、その言葉に引っかかった。

「……俺が行っても意味ないでしょ」

「いや、お前が行くから意味あるんだろ。自分のネジがどこで使われてんのか、見てこいよ」

翌週末、茂は都心の展示会場へ向かった。

人混みに慣れていない彼は戸惑いながらも、パンフレットに記されたブースを探す。やがて見つけたのは、白を基調にしたシンプルな展示台と、小さな義手の模型だった。

子ども用の義手。

軽量設計。柔らかく動く指。まるで本物の手のように、丁寧に作られている。

「こちらは、発育に合わせて部品を交換できるタイプでして……」

スタッフの説明を聞きながら、茂は不思議な気持ちで模型を見つめていた。

義手の指の根元、見覚えのあるネジがあった。サイズ、形、材質。間違いない。自分が締めていたあのネジだ。

「……これ、俺のネジだ」

思わず口に出た。

スタッフが気づいて、驚いたように笑った。

「もしかして、製造に関わっておられる方ですか?」

茂は戸惑いながらも、頷いた。

「ただ、ネジを締めてるだけですけど」

「いや、その“ただ”がすごく大事なんですよ。一本のネジが緩んだだけで、義手はうまく動かない。子どもたちが安心して使えるのは、確かな部品があるからなんです」

その言葉に、胸の奥がじわりと熱くなった。

思い出したのは、ある日ネジがほんの少しだけ曲がっていたこと。それを見逃さずに交換した自分の判断が、もしかしたら誰かの“手”を支えていたのかもしれない。

「俺のネジで、この手が動いてるんだな……」

展示会を出た帰り道、人混みの中でも茂の足取りは軽かった。

翌週、工場での作業中、ふと同僚が声をかけてきた。

「茂、なんか最近表情変わったな。いいことあったのか?」

「別に。……ネジがちゃんと役に立ってるって分かっただけだよ」

そう言って、茂は次の部品に手を伸ばした。

カチリ、カチリ。

その音の向こう側に、確かに“誰かの未来”がつながっている。

単調に思えた仕事の中に、小さな誇りが芽生えていた。

そして今日もまた、ネジは回る。

確かな手のぬくもりを、支えるために。

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